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あの素晴しい愛について -母子像研究より-

Ⅰ. 精神分析の特徴

人間の心のプライベートな領域を把握するためには、私たちは視点をどこかに置かねばならない。また同時に、自分の立っているところが見えにくいのは当然であり、それが直ちに限界ということにもなる。そこで、一般の読者のためにも、人間の心を見据える、私の精神分析の視点に関して説明が必要だろう。

第一に、精神分析では私たちの心に二重構造を想定し、意識に対して無意識を認める。それは言動を動かす、気がついていない心の領域であり、意識の領域と対立して心を二重化している。日本語で言うところの表に対する裏の二重性を、文脈に応じて、現在対過去、大人対子ども、人間対動物と言い換えることもできるのは、以下のごとくその内容ゆえである。

つまり、臨床的な事実として、持ち込まれて来る訴えや悩み、そして問題行動と呼ばれるものの話に耳を傾けていると、子どもの心がその起源として、あるいは原因として顔を出すことが多い。ここは臨床報告の場ではないので、話を単純化するなら、大人の表の心に対して裏の心を支配するのは子ども、あるいは過去からの体験の積み重ねなのである。現在の不可解な言動を決定しているのは、多くの場合、今は無意識になっている遠い過去かもしれないのである。それで結果的に、「過去を引きずる」「過去の傷が疼く」というような体験が生まれる。

そして私たちは、「三つ子の魂百まで」「雀百まで踊りを忘れず」と言うように、幼い頃からの無意識的な反復を繰り返す。つまり心に台本があり、私たちはこれを相手役を変えながら無意識に繰り返す台本が、治療者とも繰り返されるなら、その分析こそが精神分析と呼ばれる。こうして、現在を生きているはずの私たちの「現在の問題」を、過去の出来事や体験、すなわち「育ち」の観点から理解することが、精神分析の眼目なのである。

Ⅱ. 交流の表と裏、そして全体

(1) 二者間内交流と二者間外交流
しかしながら、日本人がその交流や人間関係の在り方を簡単には表に出さないのは、当然のごとく、本音と建前、あるいは表に対して裏があるからだ。何とかこのような二重の交流の矛盾や乖離の原点を取り出したいのだが、まずはそれが育まれた場所を示したい。この点で非常に役立った研究で、興味深いのが「描かれた過去」としての浮世絵の中の母子像であり、そこには夥しい数の母子関係が描かれているのである。

その成果としては、幾つかの新しい可能性が開かれたが、第一に重要なのは、西洋の影響を受ける前の育児に触れることができるという点である。同時に、現在進行形で進められている研究で起こる、観察者の存在が実際の観察対象である育児を変形させるという心配がなくなり、それを描いた大衆作家の感性を通し、代表的な「子供時代の描き方」に出会うことができる点であろう。

約2万枚近くの浮世絵を調べたが、その中から約450組の母子像を取り出して私なりに分類していくうちに、その母子関係には一つの型が繰り返されていることに気づいた。浮世絵は人と景物を描くという様式があるので当然だと言えるのだが、同じ対象を共に眺める母子像が頻繁に登場するのだ。画家は「同じものを眺める姿」を様式化してこの構図を反復しているようであり、その二人の在り方に「共に眺めること(Viewing Together)」あるいは「共視」という名前をつけた。

浮世絵の参考図

図2の藤麿の絵においては、母親と子どもが二者間「外」の金魚を見ながら、二者間「内」では母親と子どもがしっかりと抱え合うところが、後ろから描かれている。安心とか不安は、この背後の交流で伝えられるのである。この図柄は印象的で、日本画に何度も登場し、後の松園の「母子」という作品では母子の共視対象が描かれていないし、まさに「(背後の)つながり」あるいは「(横の)つながり」そのものを絵の中央に置いて、それが主人公であるかのような絵なのである。

Ⅲ. 「あの素晴しい愛」とは

詳しいことは省くが、結論を言うなら、「あの時同じ花を見て 美しいと言った二人の 心と心が 今はもう通わない あの素晴しい愛をもう一度」と歌われた「愛」とは、この「横のつながり」だったということだ。

日本語の辞典で「うら」をひくなら、「心」をウラと読み、ウラに「心」という意味を発見する。「うら恥ずかしい」「うら寂しい」という場合が具体的な使用例だが、日本人が心をウラと呼ぶ時、心とは簡単に外に出ない部分だという意識の存在を伝えている。そして、その、心と心が通うという愛とは、そして、それが通わないという悲劇は、裏側で起こるのである。当日はこういう事実をわかりやすく紹介したい。

[参考文献] 北山修編『共視論』 講談社選書メチエ 2005



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