Netflixで公開されてから話題になっている韓国ゾンビドラマ「今、私たちの学校は…」。
ハラハラドキドキする展開で一気に全12話と見てしまう面白さですが、ナムラが
「まだやることがある」
と言って屋上から飛び降りるラストのシーンにどのような意味が込められているのかモヤっとしているのではないでしょうか。
そこでこの記事では、「今、私たちの学校は…」の最後(結末)の意味を考察します!
【今私たちの学校は】最後(結末)の考察!ナムラが屋上から飛び降りた理由は?
「今、私たちの学校は…」の最後のシーンについて考察されることは次の2つです。
- ナムラはゾンビを倒している
- ナムラはゾンビを統制しようとしている
「ナムラはゾンビを倒している」だと、ゾンビを敵とみなしていることになりますが、
「ナムラはゾンビを統制しようとしている」だと、反対にゾンビを味方にしようとしていることになり、相反する2つの考察ができるのです。
それぞれの考察を詳しくご説明します。
最後(結末)の考察①ナムラはゾンビを倒している
まず、1つ目の考察「ナムラはゾンビを倒している」です。
最終的には学校に1人残ったナムラですが、それまではオンジョたちと一緒にゾンビと戦いながら逃げていました。
ゾンビが近づいてきたときは、鋭い嗅覚と聴力で仲間に危険を知らせたり、グィナムからチョンサンやスヒョクを守ったりと半ゾンビではありますが、オンジョたち人間の味方。
「(オンジョたちに)会いに行きたかった」
と言いつつ、
「行くのをやめた」
「まだやることがある」
「私みたいなゾンビがいる」
「人間でも怪物でもない」
と言っています。
この言葉からは、
- 会いたいという気持ちはある
- だけど完全な人間ではない以上、オンジョたちに会いに行くことは控えた方がいい
- 人間でも怪物でもない自分だからこそゾンビを退治できる
と考えているのではないかと思います。
ゾンビが完全にいなくなることで、オンジョたちも学校に戻ってきやすくなります。
そして、ゾンビが蔓延する前の平穏無事な日常に戻ることができれば、再び皆で囲んで焚火もしやすくなるでしょう。
(半ゾンビのナムラですので、完全に人間と一緒に暮らすことはできなさそうですが・・・)
屋上から飛び降りる直前、「戻ってきた」という言葉をみても、ゾンビが学校に近寄らないようにナムラは守っていると考えるのが自然です。
生き残りメンバーのことを友達と思っている
また、ナムラが生き残りメンバーのことを「離れても友達」と言っていることからもゾンビを倒そうとしていると考えるのが自然です。
次の6人は完全な人間として生き残っていることが確認できています。
- オンジョ
- スヒョク
- ヒョリョン(ピンク色のニットベスト着用)
- デス(ふくよかな体型で歌が上手い)
- ハリ(アーチェリー部の部長)
- ミジン(3年生の不良女子)
中でもオンジョとは友達として仲を深めており、スヒョクとは両想い。
友達であれば無事にあって欲しいという想いもあるでしょう。
何より再び屋上で皆で焚火を囲むためにナムラは毎晩(?)火をおこすとともに、ゾンビが寄り付かないようにしていたのではないでしょうか。
そのことからもゾンビが人間に危害を加えることがないよう、守っていたと考えても良さそうです。
最後(結末)の考察②ナムラはゾンビを統制しようとしている
そして、もう1つの考察「ナムラはゾンビを統制しようとしている」です。
ナムラの言葉をストレートに受け止めると、先述したようにナムラはゾンビを倒すために残っていると思えます。
ですが、「今、私たちの学校は…」は韓国の社会問題を暗示するシーンが多いです。
中でも大人の判断によって、多くの学生が犠牲になった有名な出来事といえば「セウォル号事件」でしょう。
セウォル号事件は2014年4月、韓国の旅客船「セウォル号」が転覆し沈没した際、船長が乗客の救助活動をせず、我先にと逃げ出し罪に問われた事件です。
セウォル号には多くの高校生が乗船しており、船長(大人)の判断で犠牲になっています。
「今、私たちの学校は…」でも一時は屋上にて救助の手が差し伸べられましたが、半ゾンビの存在を軍が認識したことで救助は中止。
オンジョたち生徒にとっては、見捨てられたように感じてもおかしくありません。
そして、ゾンビ化しているとはいえ学校をはじめとする市内4カ所が爆破されたことも、詳細を知らない生徒に大人の判断で見捨てられたという感情を植え付けてしまったでしょう。
最終的にオンジョたちは保護されましたが、半ゾンビになってしまったナムラが大人に対して敵対心を抱く可能性も捨てきれません。
そのため、大人に対して敵対心を抱くナムラが、残ったゾンビを統制して襲撃することを計画していると考察もできます。
【今私たちの学校は】モヤっとする終わり方をした理由は?
「今、私たちの学校は…」は第1話から数多くの伏線を張っていました。
が、最後的には未回収の伏線も多く、挙句の果てにモヤっとする終わり方。
一気に見てしまうくらい面白かっただけに結末が残念にも思えてしまいます。
ですが、このような終わり方にしたのは、続編(シーズン2)を制作することになったときの含みを持たせるためだったのではないでしょうか。
伏線を全て回収した終わり方は見ててスッキリしますが、続編となったときにはイチから作り上げる必要があります。
一方、未回収の伏線があれば、それを回収しながら話を展開すれば良いので、一貫性を保ちながら制作することができます。
大ヒットすれば「また見たい」と視聴者は思いますし、制作陣も「視聴者の期待に添いたい」と思うでしょう。
そして、Netflix側としても大ヒットした作品の続編やシーズン2を制作しないなんて、儲けを手放すようなものw
2021年に大ヒットした「イカゲーム」もシーズン2の制作が発表されていますし、「今、私たちの学校は…」も大ヒットした場合を見越してのモヤっとする終わり方だったのかもしれません。
ちなみに、未回収の伏線を思うと、次のようなあらすじになると予想しています!