戸塚優斗は両親と兄と慕う人のおかげで今がある!父母の影響でスノボ―を始めた!

北京オリンピックでのメダル獲得が期待されている戸塚優斗選手

今の戸塚優斗さんがあるのは、両親と兄と慕っていた柳原真央さんのおかげといっても過言ではありません。

父母、そして柳原真央さんはどんな方なのでしょうか。

この記事では、戸塚優斗さんの家族や兄弟についてご紹介します。

戸塚優斗の家族構成

戸塚優斗選手の家族構成について、これまでのインタビューなどから

  • お父さん
  • お母さん
  • 戸塚優斗さん

3人家族です。

過去のインタビュー記事で「一人息子」と記載があったことから、戸塚優斗さんに兄弟はおらず、一人っ子のようですね。

戸塚優斗の両親(父母)はスノボー好き!

戸塚優斗さんのご両親はどんな方なのでしょうか。

お名前や顔画像など詳しいことは確認できませんが、スノボー好きの様子

その影響で戸塚優斗さんもスノボーを始めています。

両親の影響で3歳と物心つく前からスノーボードを始め

(引用:YONEX

戸塚優斗さんは神奈川県横浜市出身です。

神奈川県内にはスキー場はありませんが、車で行ける距離にいくつもスキー場があるので、戸塚優斗さんが生まれる前は両親二人で滑りに行っていたのかもしれませんね。

ちなみに、ご両親はスノボー好きではありますが、スノボー選手ではありません。

戸塚優斗は母に無理矢理スノボーをやらされた

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

yuto_totsuka(@yuto_totsuka)がシェアした投稿

今でこそ世界を舞台で活躍されている戸塚優斗さん。

3歳の頃にお母さんに連れられてスノボーを始めていますが、好きでやっていたわけではありません。

むしろ無理矢理やらされていたと戸塚優斗さんも語っています。

お母さんとしては、大好きなスノボーの楽しさを息子にも味わってほしいという思いだったのでしょうが、3歳の子には早すぎたのかもしれません(苦笑)

 

小学3年生からはヨネックスのジュニア育成プログラムで指導を受けるようになり、ハーフパイプに取り組み始めると、のめり込むようになりました。

当時から群を抜いて上手かった一方、練習が辛かったのか泣きながら滑ることもあったそう。

指導していた青木亮コーチは戸塚優斗選手の才能を認めつつ、精神面を不安視。

精神面がついてきさえすれば世界のトップまでいくと感じていました。

戸塚優斗選手にもそんな時期があったのですね。

母は戸塚優斗の楽しかったという言葉に喜ぶ

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

yuto_totsuka(@yuto_totsuka)がシェアした投稿

泣きながら滑っている戸塚優斗さんの姿には、お母さんも心を痛めていたでしょう。

そんな戸塚優斗さんに、2014年、転機が訪れます。

当時、小学6年生だった戸塚優斗さんはソチ五輪を見て衝撃を受け、五輪に出たいと思うように。

トレーニングを自発的にするようになり、みるみるうちに上達。

そして、2017年にニュージーランドで開催されたW杯に初参戦すると初優勝!!

「初めてというくらい楽しかった」

と高揚して言う姿が、お母さんは嬉しかったそう。

スノボーの楽しさが伝わってよかったですね!

それにしても、これまでが相当辛かったんだろうなと思う言葉です。

戸塚優斗には兄のように慕っていた人がいた

一人っ子で兄弟のいない戸塚優斗さんですが、兄のように慕っていた人がいました。

柳原真央さんという方で、戸塚優斗さんよりも7歳年上

レッスンイベントで知り合うと同じヨネックスに所属し、本当にお兄さんのように慕っていました。

一人っ子ですので、兄弟ができたような感覚だったのかもしれません。

ですが、2011年12月、柳原真央さんは大会に向かう途中で交通事故に遭ってしまい、17歳という若さで亡くなられています。

大会の会場で柳原真央さんが来るのを待っていた戸塚優斗さんは、亡くなった事実を知って呆然とし、お葬式でも泣いていたようです。

戸塚は柳原さんについて「滑り、技、生活面、礼儀とかを習いました。あいさつが小さいってずっと怒られていた。感謝もあるし、そういう気持ちを忘れずにやっていきたい」。

(引用:スポニチ

兄弟そして師弟のような関係だったのでしょう。

柳原真央さんの名前が書かれたステッカーを貼って五輪に挑む

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

yuto_totsuka(@yuto_totsuka)がシェアした投稿

柳原真央さんが亡くなった後、戸塚優斗さんは

「柳原真央さんが生きていたら一緒に五輪に出場できたかもしれないね」

と呟いていました。

そして、平昌オリンピックでは板に「NEXT SKY MAO」と書かれたステッカーを貼って出場

きっと柳原真央さんの分まで頑張りたいと思ったのでしょう。

残念ながら平昌オリンピックは、決勝2回目でライディングに失敗し転倒して、リタイアされました。

その時の無念を北京オリンピックで果たしてもらいたいものです!

戸塚優斗には第二の母がいた

実のお母さんとは別に、戸塚優斗さんには母親的存在の人がいます。

元プロスノーボーダーの三井真紀さんという方で、戸塚優斗さんのコーチをされていました。

スノボーの技術はもちろん、

  • 野菜を食べる
  • 挨拶をちゃんとする

なども指導しており、まさに母親!

戸塚優斗さんよりも27歳年上ですので、年齢的にもお母さんくらい離れています。

戸塚優斗さん自身、三井真紀さんのことをお母さんと呼んでいたので、本当に何から何までお世話になっていたのでしょう。

 

ご両親や柳原真央さん、三井真紀さんのおかげで今があるともいえる戸塚優斗さん。

北京オリンピックという大舞台で、応援してくれた人々に良い報告ができるといいですね!

【平野歩夢の結婚観】彼女とは8年以上にわたって交際中だが入籍は現役引退後か

ショーンホワイトの結婚は北京五輪後が濃厚!彼女のニーナドブレフとは交際期間2年!

×